コメガの記録
注文をして、レジの女性に「いくらだ」とポケットから取り出したのは、くしゃくしゃのティッシュペーパー。
 介護士は一瞬、青ざめました。他人から間違いを指摘されると、認知症の人は逆上して不安定になることがよくあるからです。

 でも、レジの若い女性は落ち着いて、笑顔でこう答えました。
 「申し訳ありません。当店においては現在、こちらのお札はご利用できなくなっております」
 おじいさんは「そうか、ここでは、この金は使えんのか」と、あらためてポケットの小銭を取り出しました。
 介護士はすっかり、この店のファンになったそうです。
つなごう医療 中日メディカルサイト | 青く、老いたい (via monburan)

外国の紙幣を出された時の対応が決まっていてそれを応用したのかしら。なんにせよ咄嗟の時に落ち着いて対応できるのは偉いよな。

twinleaves:

memolog
企業最大の費用は人件費ではありません。経営者のエゴです。

企業最大の費用(経営者のエゴ)が、一般的な企業金融論で全く語られていないのは、とても不幸なことです。例えば、私が04年に買収したサンマリーナホテルは、当時築20年。建物躯体の経済耐用年数が仮に40年とすると、ホテルとして経営できるのはその時点であと20年ということになります。

当時の取得額は約30億円。単純計算で、この投資額を経済耐用年数で回収するためには、少なくとも年間1.5億円(30億円÷20年)の税引後利益を生み出さなければ、事業そのものが持続性を持ちません。

したがって、事業再生の第一のハードルはこの利益水準をいかに確保するかということでした。実質的に10年以上赤字経営だったサンマリーナは1年そこそこで2.3億円のキャッシュフローを生み出すようになり、巡航速度を取り戻し、「本当にいい会社」になるための第一歩を踏み出します。

ところが、資本の原理に基づくと、2.3億円のキャッシュフローを生む「金融資産」は、とてもいい値段で転売可能です。私はホテルの売却に反対したため、臨時株主総会で解任され、サンマリーナは買収から僅か2年、60億円で外資系に転売されました。問題はその顛末よりも、その後の従業員です。

同じ部屋数、同じ従業員、同じレストランで同じ顧客にサービスを提供し続けることに全く変化はありませんが、60億円で売却されたその日から、投資家が回収しなければならない資本の額は倍増します。すなわち年間3億円の利益を回収しなければ、いずれどこかで持続性を失うということです。

年間1.5億円を稼ぐための売上が20億円だとすると、年間3億円を稼ぐために売上を40億円にすることは不可能ですので、当然にして人件費が徹底的に削られます。資本家にとっての事業再生は、従業員にとっての悪夢以外の何者でもありません。

資本家は、30億円の利益を何の疑いもなく、「事業再生」の対価として自分の懐にするのですが、その本質は、250人の従業員が今後20年、(年間14万人として)280万人のお客様にお仕えすることの対価を現在価値にしたものだという真実は全く語られることはありません。

経営者は創業者「利得」を手にして、成功者として讃えられ、車を買い替え、銀座に繰り出し、自分の写真が表紙になった本を出し、雑誌のインタビューに頻繁に登場しますが、この人のエゴを満たすために何百という従業員が負担している莫大なコストを自覚するべきでしょう。
ロシア人の日本人分析

・外国の批判に傷つけられやすい国民性。外国人からの風評に過敏に反応し、動揺しやすい。
・ 諸外国を一つの「外」に見立て、また常に1国VS1国で見る。海外の国々を「ひとつ」に
単純化するため、互いが互いに対立する複数国の中でバランスをとるという考え方が不得意
である。「全体」VS「日本」という図式の中で、自意識過剰な反応や被害妄想になりやすい。
・戦争中は非常に攻撃的で強硬だったのに、戦後はお人 好しなまでに従順でおとなしくなるなど、
外国に対するコンプレックスが大きく、外国人は特殊であり、同国人へとは違った反応をする。
・ 自国の連続性という意識が希薄で、歴史はあまり重んじられず、変わり身が早い。
・日常の生活術として「交渉術」を必要としない国民性で、幼い頃か ら交渉術を学習する諸外国と
違い、外交交渉はいつも後手に回り、交渉下手さが著しい。
・年一回おさい銭を放るのと葬式仏教だけで宗教を 片付ける現実主義。来世という考え方が理解
できない。
・清貧の思想。質素を好み、「穢れ」を取り払う「浄化」嗜好から清潔を心がける。 たたみマットの
清潔さは明治の欧州各国使節団を驚かせた。
696 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2010/04/24(土) 10:14:34 ID:Lx5/Xh3W
1800年代後 半、日本とメキシコの間に国交さえなかった頃。
金星の接近を観測するため日本にやってきたメキシコの観測団は、
日本に観測所を建て る、どころか、どこで観測して良いかも判らないといった状態でした。

とはいえ、わざわざ遠方から学術研究の為に日本に来たメキシコ人。
その使命感に敬意を感じた日本政府は、当時外国人の居住さえ認められていなかった
横浜に観測所を建てることを許可しました。

特 例中の特例の扱いに、メキシコの観測隊も感動。
代わりに、日本人実習生をこの観測に受け入れることを申し出ました。
スペイン語どころ か、英語すらろくに話せない日本人実習生を、です。
日本もこれにはいたく感動し、快諾。日本人実習生4人が、先進の天文学に
触れること になりました。

その後、観測隊の一員であった
フランシスコ・ディアスは「日本旅行記」という本を書きました。

「日 本国民よ、日本を訪れる外国人との交流が日本の将来に影響ありとするなら、
 今後の祖国繁栄を願って、外国人の意見を大いに摂取するがよい。
  われわれも絶大な協力を提供しよう。
 われわれは日本民族が幸福になる価値が十分にあると信じている。
 日本人は品位があり、紳士的 で勤勉で、勇敢にしてかつ法に恭順な民族だからである。
 私の祖国が将来日本と友好関係を結ぶことを、そしてまた将来日本と同じ位
 多 くの友を得ることを祈念している」

そして、1888年。 欧米列強との不平等条約に頭を悩ませていた日本と、
東洋と国交を開 きたいメキシコとの間で「日墨修好通商条約」が結ばれました。
完全な平等条約、アジアを除けば日本にとって初めての平等条約です。
メ キシコは、かつての観測における友好を忘れておらず、
数ある東洋の国から、対等なパートナーとして、
まったくの後進国であった日本を 選んでくれたのです。

メキシコの駐日大使館は、現在も当時と変わらず東京のど真ん中、永田町にあります。
こんな一等地に、一 戸建てのキレイな大使館を構えているのはメキシコだけ。
平等条約締結のお礼として、明治政府がこの土地を提供したからです。
育児板拾い読み@2ch メキシコと日本 (via un-titled) (via oharico) (via bo-rude) (via kml) (via ipodstyle)

2010-04-25

(via gkojax-text) (via mcsgsym) (via highlandvalley) (via petapeta) (via drmiyabi) (via layer13) (via hisaruki) (via yaruo)
楽譜を売っていた音楽家達は,エジソンの発明を使って音楽を売る商売を始めた人々を「海賊」と罵ったが,現在ではこの商売は広く認められている.ところがある時,音楽を別の方法で配信する方法が発明されてしまった.それに一番の反対意見の声を上げ,権利を主張したのは,楽譜を売っていた音楽家でなく,音楽を売って商売している人だった.
 自分の仕事(自分の裁量でやる仕事)は、140時間だろうがなんだろうが楽しいし出来る。
 会議ばっかりやってるような仕事もできる。ああいうのは自分のなかの判断基準に従って喋ってるだけだから、決定権持ってる人間にとってはラクチンな仕事だ。決定権ないと地獄だけどな。

 俺のような仕事だってそうで、自己裁量の範囲の仕事はぶっちゃけ徹夜でやっててもそんなに堪えない。
 他人の裁量の仕事で、要求に合わせてアレコレやると無駄仕事が大量だし、ストレスも爆発する。気も狂う。

 接客や製造、清掃、事務、経理で、140時間は中々に耐え難いんじゃないか。

 こういう仕事の種類による疲労の違いをまるで実感できてないんだろう。

 なりあがった会社の社長などはこのタイプが多い気がする。
 自分の人生と仕事が直結しているからさ。

 従業員の人生は会社のものじゃないよ。
ワン、ツー、ワンツースリーフォー!

太陽さんとおはよー あいさつしたら始まるよ
秘密の招待券 それは忘れずに (手みやげも)

でも料理はできてない ケーキも丸コゲ
あげく会費5000円 これじゃ四面楚歌 (でも歌いましょ)

g・d・g・d 見た事無い
g・d・g・d 世界を
私のこの魔法で見せてあげるわ (ぐだぽよ~)

g・d・g・d 怖がらず
g・d・g・d 笑って
今すぐさあおいでよ gdgd妖精s gdgd妖精s (イェイ!)
さようなら、とこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉は、もともと「そうならねばならぬのなら」という意味だとそのとき私は教えられた。「そうならねばならぬのなら」。なんという美しいあきらめの表現だろう。西洋の伝統のなかでは、多かれ少なかれ、神が別れの周辺にいて人々をまもっている。英語のグッドバイは、神がなんじとともにあれ、だろうし、フランス語のアディユも、神のみもとでの再会を期している。それなのに、この国の人々は、別れにのぞんで、そうならねばならぬのなら、とあきらめの言葉を口にするのだ。
アン・リンドバーグ (須賀敦子『遠い朝の本たち』より)
2009-12-09 (via mitakusam337, refrainrefrain) (via leletone)